プロローグ

7、8メートル左先に彼女がすらっと立っていたのは知っていました。
昨年の8月1日、五島美術館は平日のせいか人もまばらで、
自由に鑑賞できる雰囲気でした。

爺がここへ来たのは大井戸茶碗「美濃」と「九重」の観察が目的で、
茶碗を凝視すると自然と視線の先に彼女をみとめることになりました。
会話を楽しんでいる風情の彼女のお相手は、
白と黒のコントラストで器いっぱいに花弁が描かれた古い中国の壺でした。
背丈をつっと伸ばした姿は、彼女と一対で凛としていました。

運が良いというべきか、彼女にとっては不運というべきか、
気立ては最高、でも、ちょっぴりおっちょこちょいの爺の姉が
その一対の間に突然割り込んだことです。
爺に向かって姉は「ねぇ、ねぇ、これ磁州窯よ。」
姉は以前から興味を持っていたようでした。
姉は爺の窯場の陶工です。絵唐津や三島が好きで、黄瀬戸の草木をやさしく彫る人です。

仕方無しに、彼女に誤りながら爺も近寄りました。
以外や彼女は爺たちの無礼をとがめることなく、
笑顔で答えてくれました。

大学院生の彼女は磁州窯について論文を執筆中といいます。
そのため、わざわざ名古屋から、この壺(梅瓶)を観るため来ていたのです。
彼女の流暢な説明を聞くうちに、爺に湧いてきたものがあります。
「井戸釉薬で培った技法なら爺にもこの磁州窯の表現は可能かもしれない」。

自己紹介を終えて我々はアドレスを交換しました。
彼女はへんてこな老人ふたりを信用してくれました。
(もっとも爺の娘夫婦の存在がそこにあったこそかもしれません。)

翌日から爺と婆の試作が始まります。
その話はおいおい。

そして彼女との文通は冬の到来まで待つことになります。

                        つづく

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小さなお客人

今日、蓑毛にやって来てくださったお客人は中学3年生の男の子。
先生の引率で職場見学にいらしてくださいました。
15歳で陶芸に手を染めているなんて、将来が楽しみです。

そこで、我が家の小さな展示室を模様替えしました。
中学生が興味を引きそうな古い作品を倉庫から探して、
六畳の離れに並べてみたのですが。

hanare

工房とは名ばかりの我が作業場。
なにか楽しいものを見つけられたかな。

もっとも、周りの自然が色々教えてくれるはず。
爺の営みなどちっぽけだものね。

「清らか」を分けてもらった一時間でした。


忘却

ほとんど忘れてしまっています。
10年ほど前まで、陶芸教室を開いていました。
たくさんの生徒さんが、この狭い蓑毛の教室に来てくださって、
いまは閑散とした我が家が華やいでいた時期があったのです。
その頃は、ずいぶん陶芸書をあさって知識を詰め込んだものです。
根の浅い知識でも、生徒さんのてまえ必要でした。

家人以外、顔を合わさない毎日が続くこの頃、
ふと気付けば、あの知識はどこへ行ったんだろう。
脳みそに膜が張り付いて、引き出しを見つけられません。

頭で覚えたことは、この爺には限界があるようです。
まあ、さっぱりとしてよい気分ではあります。
覚えていることといったら、体で経験したことばかり。
知識ではなく(ちょっと照れくさいけど)知恵の部分しか残っていません。
(たいした知恵でもないけれど。)

こうして老いていくのだと別段イヤでもないのです。
「何かすることはないか。つまらない」が口癖で、
それを繰り返して毎日が暮れていきます。
そんな爺に最近、勉学への圧力がかかってきました。
望んだわけではありません。
還暦をひとつ過ぎた爺の目は、さすがに老眼です。
眼鏡こそかけていませんが、天眼鏡を手放せません。
虫眼鏡で文字を追うのは厄介です。
なのに、なのに調べ物が増えているのです。

爺作の井戸茶碗の釉薬は、いわばロビンソンクルーソーです。
離れ小島で孤立しています。
この釉薬は爺の井戸手に焼き上げるだけの、爺が見つけ出した、
爺で終わってしまう、それだけのレシピなのか、
それとも歴史的に忘れ去られた遺物なのか、
ここが爺には気がかりなりだしました。

カイラギだけが目的ならば、それもいいですし、
現に爺も、それだけを願って試作してきたのですが、
今の時点の目で振り返ると、本で読む陶芸技術史(特に釉薬)に違和感を感じるのです。
非効率な故、江戸期に忘れ去られた別系統の陶芸技法があって、
それは古代中国から発して脈々とある時まで一系統を保ってきた。
「ある時」とは、それぞれの地域での長石の発見と使用開始を指します。
えらい大風呂敷を広げて、爺も自身にまとまりがつかないのですが、
この検証が、茶碗造りをしながらの爺の片方の仕事になってしまいそうです。
自作井戸釉薬の概要を述べられないのは、この検証が一部でも出来ていないからです。

真摯に(なぁんて大げさです)が、まぁちょっぴり素直な目で見てみると、
部分的ではありますが一般論に疑問が出てきたりしてしまって、
批判しようなど思ってもいないのに、
現代のコンセンサスに異を唱えている爺を発見してたじろぎます。
ごたぶんにもれず、爺は爺の脳で見ている訳で、けっして目だけで見ていないから、
爺の脳が作り出した方向へ結論を導き出したい訳でして、
それを知っているから、反対の実験もするにはしていますが。

理屈っぽくなってしまいました。
まずは千年前の中国の磁州窯の黒釉掻き落し技法を検証のはじめとして、
結果を出すべく、試作が始まっています。
また、ご報告いたします。


もう一ヶ月経っていたのですか。

ごめんなさい。更新を怠っていました。

井戸茶碗の焼成はやっと最後の段階です。
いいものが焼ければ、今月中にご紹介できるかもしれません。
実は、焼成の途中で気に入らなくなり、ロクロ引きからやり直していました。
釉薬濃度がちょっぴり薄かったからです。
それでなくても歩留まりの悪い井戸茶碗です。
よりたくさん作るという非効率の方法が、一番効率的な方法です。

うれしいことがありました。
数日前、大阪のサイト読者の方からメールがあったのです。
とても熱心な方で、ご質問の深さに脱帽しました。
的を得たお答えが出来たとは思いません。
勉強不足を露呈してしまいましたが、
答えを書いている時間がとても楽しかったです。

七年間、山篭りのような井戸試作でした。
ほとんど家人としか口をきかない毎日だったのです。
皆様のおかげで、少しづつ社会に慣れていけそうです。
還暦過ぎの爺の社会復帰を
あつかましくも、どうか支えてくださいな。



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Author:iorijiji
井戸茶碗陶術遣い

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