徳さんアップ




先日、以織窯サイトに「徳さん、そして作陶心得」をアップしました。
でも、徳さんのことを書き足らないので、追加します。

徳さんとは、東京・西荻の伊勢屋美術「壽庵」店主・猪鼻徳寿氏です。
「作品考」には言葉のきれいな人物と紹介しましたが、
まだまだ色々な顔を持つ方です。
が、全部の顔を見せていただいておりません。
言えることは江戸の旦那集が今いたら、かくのごときかなと。
芸事に通じています。粋です。おしゃれなんです。
だから「人たらし」。
はじめて秦野に来てくださった日(初対面の時)
女房が用意した食事がそろそろ終わる頃、
徳さん、やおら赤飯のおひつを膝に抱えました。
そして「おいしいね」とほうばるのです。

いやぁ、参った。あんなこと出来るものでないよ。
パフォーマンスにしても見事だよ。
外連味がないのです。
よっぽど「趣味の良い」遊びを重ねていらっしゃるのだと。

伊勢屋さんは「使用できる」古い和楽器のセレクトショップとして
その筋では有名なお店です。
聞き慣れない不思議な音が地下から上がってきます。
徳さんも鳴らせるからです。

そんな徳さんなのに、ジャズが大好きでお詳しいです。
へんな人です。

以織といえば、あと少しだというのに、体が壊れた。
寝不足、鼻づまり、頭痛とみんな花粉症のせいだろう。
いままでなんとか我慢してきたが血圧が突然40もアップすると、
いくら高血圧に慣れている以織もフラフラ。
悔しいけれど仕事遅れ気味。
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何度言ったか「もう一度」




ずいぶんと更新していなかったんだね。
時間が速い。花粉症もつらかった。
花粉攻撃にダウンしていた日以外は、
ロクロ仕事に集中していました、
予定より一週間遅れて、いま乾燥中です。

前回のひと窯失敗に懲りず、また同様の手法にて挑戦です。
いやぁ、以織とて前回の結果を受けて、
「この方法ではイカン」と思いましたよ。
ここでも、やっぱり恩人・仲森氏が登場するのだけれど、
お送りした失敗作にコメントをくださいまして、
ハッとヒントになったのです。

なんとか日常使えそうな小品だけ残して、前作は破棄しましたが,
残した一碗の湯呑みを女房に使ってもらっていました。
毎日、煎茶を飲むのに使用して三週間くらいでしょうか、
内側に、ほら井戸の魚子(ななこ)貫入が露になりました。
焼き上がりでは、ルーペで覗いても見えなかったんですよ。
でね、前回窯焚きの予想はまんざら間違いでもなさそうだと。
若干の手直しをすれば、求める結果が焼き出せるかも。

だから、もう一度挑戦です。
けど、この「もう一度」という言葉、何度使ってきたのやら。

                       爺の近況

その人の名は

N氏、N氏と表現してきましたが、今日からは違います。
その人の名は仲森智博氏です。

そうです。以織窯サイトの表紙を達筆で飾ってくださっている方です。
仲森さんのご職業は日経BP・未来研究所の所長さんです。
みなさんご存知ではありませんか。
日経BPの編集長をされていた方です。
編集長時代の著作、『思索の副作用』は企業戦士の方々に人気の書です。
連載された『技のココロ』では現代の工人たちを取り上げています。
工人と言っても、その道の名人たち。努力と創意の記録です。
新しいところでは『FUKUSHIMAレポート』。
3.11の発生を受けて仲森氏がプロジェクトチームを結成しました。
日本のトップ頭脳がチームして原発の今後を包み隠さずレポートしています。
どんな圧力にも屈しないで真実を追究できるよう、
仲森さんは『FUKUSHIMAレポート』を寄付を募って発行しました。
日本でははじめての試みです。
こうした仲森さんの著作はネットで読むことが可能なものもあります。
どうか皆さん検索してみてください。・

その仲森さんが、以織窯サイトに「高麗茶碗考」を寄稿くださいました。
いままで「作品考」に入れていましたが、
一応の完結を機に「高麗茶碗考」ページを独立させました。
我ら陶工はもとより、茶の湯の方々、歴史好きの方々、
ぜひぜひお読みくださいな。
ヒント満載とだけお伝えいたします。
仲森さんの略歴ページに上記の著作案内も載せてあります。

「高麗茶碗考」は↓です。
http://iorigama.com/iori_ido/kourai/nm_kourai/nm_kourai_index.html

                      幸せな鄙爺・以織より

破綻自慢

またやっちゃいました。
3月からの作業が泡と消えました。
今回の窯焚きは全滅です。
一碗も無い。一碗すらとれません。

以織は同じことを繰り返すのが苦手です。
良きアイディアが浮かぶと、それに向かいます。
で今回、全滅を見ました。まあ年に一二度は繰り返します。

安全弁になる作品を一緒に焼かぬのか?と不思議がられますが、
焼きません。
理由は忘れてしまうから。
というより、経験的面倒くさがりだからです。
実験窯に安全弁作を入れて安全弁作が出てきたためしがありません。

で、以織の窯焚きは良いか悪いかです。
でも窯の神様を恨んだりしません。
「なんでオイラに幸運を運んでくれない」なんて
愚痴ぽい以織なのに、こと窯焚きに関しては嘆きません。

窯の神様はいつでもほほえんでくれています。
焼物は自然の摂理の結果です。
だから、いつだって窯の神様は摂理通りの結果を届けてくれているのです。
今回も以織の発想の間違いを正してくれました。

と、カッコつけて負け惜しみの以織爺、破綻自慢のお話でした。

発表!N氏「高麗茶碗考」第2弾

さきほど以織窯サイト「作品考」に掲載完了しました。
我が茶陶の師である茶人のN氏が「高麗茶碗考2」を寄稿してくれたのです。
産業という独自の観点から高麗茶碗を読み解くN氏の「高麗茶碗考」ですが、
元々はさる陶芸家のアドバイザー的立場にある友人のために
N氏が筆をとったものです。
筆者のように高麗茶碗再現を目指す陶工が五百年前の世界をどう捉えるかで、
おのずから作陶の方向は違ってきます。
N氏史観によって、従来なおざりにされていた
「社会生産物としての古陶磁」の位置を再考すれば、
もっとはっきりと、古作の輪郭が浮かび上がってくるはずです。
今まで、ややもすると文学的ムードに支えられていた古作美に対する風潮から
そろそろリアルな世界に抜け出す潮時です。

古作そっくりな作品を再現すればいいのではありません。
古作再現の作陶従事者は古作の美と同質の、現代の美を求めるべきです。
(というか、求めれば同質になってしまう人間の性か)
うわべだけを真似ても無意味です。

と、ちょっとカッコ良く言ってしまった以織ですが、
この頃の以織は「美」にうとくなってしまいました。
というより美意識が歳とともに変節しているというのかな、
なんとも表現しにくいし、
そのことを「美」と言ってしまえばそれまでだけど、
求めているものが、所謂「美」とは違うのです。
よわったな。でも言葉で言い表せないから、「ものづくり」なのですよ。

だから高麗茶碗再現陶工だけでなく、
作陶家のみならず多くの方々、どうかお読みくださいな。
以織窯サイトはこちらです。 http://www.iorigama.com





我も同じ中古仲間

昨日win7の中古ミニノートが届く。オークションで得たからだ。
わざわざ一世代前のwin7に先祖帰りしたのには訳がある。
今年の初めまで、我が家のPC環境は古いMacとXPだった。
以織窯サイトは、その古いシステムのもと原初的なhtmlソフトで作っていた。
良く言えばシンプルに、ただ簡単スピーディーが目的だったけれど。
ともかく以織には事足りていた。
けれど容赦なく壊れてきてね、新しくしたわけだ。

新Macにwin8。突然、我が家にPC新時代到来。
新しいのは良いことだ。けど、なんとも難しい。
かってのように簡単htmlといかないではないか。
CSSだのSVGだの老骨には堪えるよ。
やっとMacで形にしたら、N氏より古いwinでは見られない。
レイアウトがめちゃくちゃだ。
で、引退させたはずのXPで見てみたら、これはたしかに大変だ。

どうにか見える程度に直せたが、そのことをネットで調べたら、
win7なら古いIE5から順に新しいIEまで検査できるというでないか。
えぇ、新品のwin8では、その検査できないの。
しかたなしに冒頭のwin7を購入した次第。

ところがね、このwin7がまともに使えるようになるまでが一大事。
4年くらい前のマシンだと思うけど、
そっから現代に甦えさせねばならないわけよ。
ミニノートだから小さいでしょ。虫眼鏡で字を追うわけ。
そして更新に次ぐ更新。
そうこうするうち不必要なアプリが執拗に降りてくる。
それらを捨て去りつつ、ようやく復旧させたらね、
IEのバージョンが新しくなっていて、
最初、これなら検査目的に使えると喜んでいたページが無いのよ。
えぇ!
色々試した結果、より使い良く、検査もしやすくなっていることを発見。
結果IE5からIE10までを検査できることに。
あー良かった。無駄にせずに済んだ。

喜びは、しかし束の間。これって新品のwin8と同じ画面でないかしら。
やっぱりだ。しかも新品のwin8ならIE5からIE11まで見ることが出来るんだ。
ガーン。

結論。win7も以織もチュウブルだ。
くやしまぎれに、このブログ、昔の機械で書いてます。

4月になって彼女は

今日は4月の1日。エイプリルフールの話でなく、本当の話。
我が上の娘は今日41歳になった。
我ら夫婦には二人の娘がいる。
自分のことばかりにかまけて、二人にはなにもしてやれないまま
もう40年が経ってしまった。
以織41歳は、ここ蓑毛へ転居を決めたころだ。
ここから焼物専業が始まった。陶芸を志して5年が経っていたわけだ。

自己を思い出しても、二人の娘を観ても、
三十代半ばに転機が訪れるようだ。
「自分の自分」を本心求め始める年頃なのか。
これでいよいよサナギより脱皮する節目なのか。

いやね、64歳の爺であるけれど、まだまだ脱皮したいのだよ。
今日も花粉は凄まじく、午前中は動きたいのに動けない。
103チャンネルの法隆寺アーカイブスを唸りながら観ていたら、
百済観音がすごい。あれ人間の仕業なんだ。
あぁ、以織は情けない。汚れた自分が情けない。
もっとも爺だから、清潔にしても汚いけどね。

爺の羽はよれよれだ。
二人の娘よ、強き羽をもて。
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Author:iorijiji
井戸茶碗陶術遣い

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