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磁州窯手試作完了か




〈加津子姉作・磁州窯手湯呑み〉
変哲もないこの試作品に実はいっぱい詰まっています。
(加津子姉も自身のブログに書いているけれど、以織としてちょっと詳しく)

「磁州窯手黒釉搔き落とし技法」と呼ぶのが正しいのかな。
鉄絵具を筆塗りした後、針で鉄絵具を剥がして描画します。
ただそれだけの表現方法なのですが、焼物だから厄介です。
幅広く削って文様を作るのなら何の問題もありません。
しかし針先で表現するほどの細い文様は焼くと消えてしまいます。
なぜなら鉄は融け易い材料だから。
昔から錆絵といって、含鉄土石を磨り潰した絵具が陶画に使われてきました。
焼くと文様の部分部分が上に掛けられた釉ガラスに滲み出して雅味を添えます。
その鉄の性質が、逆に磁州窯手の毛彫り文様を難しいものにしています。

実は5年もかかってしまいました。
行き詰まって中断せざるを得なかったのです。
けれど、全然別の焼物に手を染めたらヒントが湧きました。
画像の試作品、まだまだ改良すべき点はありますが、
どうにか基本の技法を得たと思えるのです。

古作同様、白土を化粧掛けして、その上に鉄絵具で描画します。
ところが鉄絵具を塗ってしばらくすると、
乾燥した絵具がめくれて剥がれ落ちます。
針で搔き落とす以前に問題が発生します。
ここを乗り切ると前述の鉄絵具が融けてしまうという
最大の難関が立ちはだかります。
「1100度くらいの高温素焼きをしてから施釉していた」
と言う学者さんもいますが、実際はそれでも毛彫り文様は融けます。
なら本焼き以上の高温素焼き後に施釉しようとすると、
かなり工夫した釉薬で施釉しても、
融け固まってツルツルになった鉄絵具上に釉薬がのりません。
泡を吹いて、焼くと硬いガラスのブクブクが出来ます。

そんなこんなで5年はあっという間に過ぎました。
磁州窯手は中国北方の窯です。宋時代発達しました。
もとは唐三彩を焼く窯が高温焼成陶器窯へと進化したと読みました。
黒釉搔き落としの他、色々な表現技法があって、
それが元時代の朝鮮半島侵略時に高麗に伝わり、
半島の風土の影響を受けて
日本人が大好きな李朝陶磁器へと変遷していきます。
日本に渡ったその技法は美濃の鼠志野に姿を変えたり、
京焼きの文様になったりします。
我々後世の陶工が古作の技法を真似するだけでも難しいのに、
古代の人は一体どうしてこんな表現を思いつき、
どうやって技術を磨いたのかな。
考えただけでも、ね、焼物はおもしろいでしょ。

加津子姉、今度は完成度の高い「作品」をお願いします。
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