プロローグ

7、8メートル左先に彼女がすらっと立っていたのは知っていました。
昨年の8月1日、五島美術館は平日のせいか人もまばらで、
自由に鑑賞できる雰囲気でした。

爺がここへ来たのは大井戸茶碗「美濃」と「九重」の観察が目的で、
茶碗を凝視すると自然と視線の先に彼女をみとめることになりました。
会話を楽しんでいる風情の彼女のお相手は、
白と黒のコントラストで器いっぱいに花弁が描かれた古い中国の壺でした。
背丈をつっと伸ばした姿は、彼女と一対で凛としていました。

運が良いというべきか、彼女にとっては不運というべきか、
気立ては最高、でも、ちょっぴりおっちょこちょいの爺の姉が
その一対の間に突然割り込んだことです。
爺に向かって姉は「ねぇ、ねぇ、これ磁州窯よ。」
姉は以前から興味を持っていたようでした。
姉は爺の窯場の陶工です。絵唐津や三島が好きで、黄瀬戸の草木をやさしく彫る人です。

仕方無しに、彼女に誤りながら爺も近寄りました。
以外や彼女は爺たちの無礼をとがめることなく、
笑顔で答えてくれました。

大学院生の彼女は磁州窯について論文を執筆中といいます。
そのため、わざわざ名古屋から、この壺(梅瓶)を観るため来ていたのです。
彼女の流暢な説明を聞くうちに、爺に湧いてきたものがあります。
「井戸釉薬で培った技法なら爺にもこの磁州窯の表現は可能かもしれない」。

自己紹介を終えて我々はアドレスを交換しました。
彼女はへんてこな老人ふたりを信用してくれました。
(もっとも爺の娘夫婦の存在がそこにあったこそかもしれません。)

翌日から爺と婆の試作が始まります。
その話はおいおい。

そして彼女との文通は冬の到来まで待つことになります。

                        つづく

スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

iorijiji

Author:iorijiji
井戸茶碗陶術遣い

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR